1970年生まれ 兵庫県宝塚市出身
[学位]博士(理学) 北海道大学理学部地質学鉱物学科卒
[専門分野]火山地質学、火山防災
富士山の噴火の履歴や噴火過程を解明するために、噴火による堆積物を調査分析し、
過去の噴火情報を読取る研究を行い、それらの研究成果を基に将来の噴火に備えて
ハザードマップや噴火シナリオの作成を行っている。
火山 の噴火|もし富士山が噴火したら…
日本一の高さを誇り、国内最大の活火山である富士山は、1707年(宝永4年)の「宝永大噴火」から300年以上経過したまま沈黙を守っていますが、いつ噴火してもおかしくない状況と言われています。その富士山が噴火した場合、大量に吹き出す火山灰により、被害は東京都、神奈川・千葉・埼玉3県の首都圏にまで及ぶと想定されています。一体どんな問題を引き起こすのでしょうか。
そこで、富士山噴火の歴史や噴火過程を調査・分析し、過去の噴火情報を読み取る研究から将来の噴火に備えたハザードマップなどの作成にも寄与している山梨県富士山科学研究所主幹研究員の吉本充宏先生に、私たちの生活と富士山噴火との関わりについてお伺いしました。
噴火は起こるが予測は困難
――ずばり、近い将来富士山は噴火するでしょうか、また、現在の状況はどうなっていますか。
吉本先生(以下、吉本) :地質学者の立場として、近い将来というのは100年先くらいまでを指しますが、噴火は十分起こりうると考えられます。まず、前回の噴火から300年以上が経っていて、これは噴火履歴からみて期間が開き過ぎています。これまでの噴火は約5600年の間に規模の大きなものも小さなものも含めて180回起きています。あくまでも平均値としてみますと約30年に1回という割合になります。また、マグマだまりが一杯になっていて、それが一部噴火と結び付けて言われていますが、現時点で即噴火というデータは得られていません。噴火は近い将来起こる可能性があるという程度です。
――富士山噴火の予測は可能でしょうか。
吉本 :噴火には長期予測と短期予測がありますが、長期予測の観点から見ますと、これははっきり申し上げて不可能です。例えば「人が数年先の風邪を引くのを予測出来るかというとそれは出来ません」、また「自動車事故を事前に察知出来るかというとこれも出来ません」そうしたことと同じで、噴火を長期的に予測することは出来ません。ただ、短期予測については、観測データから噴火の兆候をつかむことは可能ですが、富士山噴火における噴火規模の予測は不可能です。
――富士山噴火による火山性地震は起こりますか、また、津波の可能性はありますか。
吉本 :富士山が噴火した場合当然直下型の地震は起こりますが、それは近場だけであって、首都圏への影響はそれほど大きくはありません。また、津波は発生いたしません。
交通に影響し、電気と水道も使えない
――富士山が噴火した場合、大量に噴出した火山灰によって首都圏一帯に大きな被害が出ると言われてますが。
吉本 :すでに目を通していただいています「降灰のハザードマップ」は、富士山周辺の静岡県、山梨県では50センチ以上、横浜市や東京都町田市など首都圏の一部は30センチの火山灰が降るとされていますが、これは300年前の「宝永大噴火」と同規模の噴火が起こった場合を想定して作成されたものです。
また、その日の風向きによっても降灰の量は違ってきます。風向きといってもそれは地上10キロメートルあたりで吹く偏西風のことで、東北東の方角に吹くと、首都圏に火山灰を降らせることになります。そして、実際に噴火してみなければ分かりませんが、「宝永大噴火」級が起きた場合、降灰は2011年(平成23年)の東日本大震災で発生した瓦礫同程度の量が発生するものと思われます。
――具体的にはどのような被害が考えられますか。
吉本 :降灰が10センチ以上ありますと、まず四輪駆動以外の車は走ることが出来なくなります。また、鉄道は線路にうっすらと火山灰が積もっただけで電車の位置が分からなくなり、信号の誤作動を発生させ運行出来なくなります。
そして、火山灰は水に濡れると電気を通す性質があるので、電柱などに取り付けられた碍子(がいし)に火山灰が積もり雨が降ると絶縁破壊が起こり、停電になります。東京湾沿岸には火力発電所があり、降灰した場合、火山灰が吸気フィルターを目詰まりさせ、稼働が停止して送電出来なくなる恐れも生じます。さらに、火山灰が浄水場の浄化槽や下水管を詰まらせ、断水を起こすことになります。そうなるとトイレも使えません。
■降灰の可能性マップ(図‐5.5.1) 富士山山頂で宝永規模の噴火が発生した場合の月別降灰分布図
――海面に降灰した場合はどうなりますか。
吉本 :最近取り沙汰されている軽石のように浮くことはなく、ほとんどは海底に沈みます。そのため魚介類や海藻の成育に影響を及ぼしたり、海水の汚染につながることにもなりかねません。
大規模地震と同じ備えと心構えを
――富士山噴火に対して私たちが備え、知っておくべきことは何でしょうか。
吉本 :富士山噴火に向けて特別にすることはありません。大規模地震の備えと同じようにしておくことで十分です。ただ、富士山噴火というものがどんなことであることを認識しておく必要はあります。それにはテレビやラジオの報道番組などを折に触れて視聴し、ウェブ・サイトなどに目を通しておくことです。新聞や雑誌から積極的に情報を得ることも大事です。
噴火後、降灰は2週間ほど続く可能性があります。この間必要以上に外出しないことです。外出する場合、降灰中は昼間でも暗くなりますので、それに対応した準備も必要です。火山灰はガラスの粉ですので、目の中に入ると眼球を痛めますので、スキーで使うゴーグルなどを用意したり、火山灰を吸い込まないためにマスクも用意すべきです。
――降灰中は物流が途絶えて、生活物資が不足することも考えられますが。
吉本 :当然物流は一時期ストップするでしょう。物流の再開は地震にくらべて遅くなることが予想されます。とにかく「宝永大噴火」級の噴火が起こることを想定して、日頃から水や食料を多めに備えておくことと、心の準備をしっかりとしておくことです。
――本日はお忙しいなか、有難うございました。
聞き手:NPO法人日本防災環境 理事長 清水健男 ・ 理事 山田一廣
取材:2021年12月14日
場所:NPO法人日本防災環境・会議室 オンラインにて