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BOSAIみらいコラム | 5
地震 火災 首都圏災害

首都圏大規模地震②|大規模地震に備えるために 

杉原英和さん
一般社団法人神奈川県建設業協会事業部長 / 元神奈川県総合防災センター所長兼消防学校長                                    元神奈川県総合防災センター所長兼消防学校長 杉原英和さん

1958年(昭和33年)生まれ 
一般社団法人神奈川県建設業協会 事務局長事務代理兼事務部長
元神奈川県総合防災センター所長 兼 消防学校長
元神奈川県安全防災局安全防災部長
[専門分野]地震防災を中心とした自治体の防災対策、危機管理全般、防災講演、DIG等図上演習、BCP点検など

大規模地震に備えるために

新型コロナウィルスの感染者が増えるなか、自然災害も多発しています。今年だけでも6月の石川県能登地方地震、7月に鹿児島県の桜島噴火、8月には気候変動による豪雨のため山形県、新潟県、福井県などではいくつもの河川が氾濫して、甚大な被害を蒙っています。  さらに、マグニチュード7クラスの首都直下地震と東日本大震災と同じ規模の南海トラフ巨大地震がこの30年の間に7割から8割の確率で発生するとされています。特に、首都直下地震は、マスコミ等で取り上げられることが多いので、東京湾北部に特定される地震と考えられている方が多いと思いますが、南関東直下のどこでもマグニチュード7クラスの地震の発生の可能性が高いと考えられており、首都圏に住む私たちはその切迫性を認識しておく必要があります。こうした状況から、大規模地震は決して避けては通れない課題となりました。

そこで、長く神奈川県防災対策の要職にあった杉原英和氏に大規模地震からどのように「命を守る」対応をとるべきか、また、横浜の市街地中心部である中区と西区における被害想定やリスクについてお伺いしました。

 

液状化現象に注意

――来年2023(令和5)年で、関東大震災から100年になります。当時の横浜市中区と西区は、市内でも最大級の被災地でした。このふたつの区は、大規模地震が起きた場合でも厳しい災害環境にあると考えられますが、被害想定などはどのようになりますか。

杉原氏(以下、杉原) :基本的には首都直下地震と南海トラフ巨大地震が想定されますが、いずれの場合も中区や西区は大きな揺れが生じると思います。この地域は江戸時代の前期に入り江を埋め立てた「吉田新田」と後期にこれも入り江を埋め立てて造成された「太田屋新田」の上に街が形成されたため、どうしても地盤が弱く緩い状態になっていて、そのために揺れが大きくなるわけです。

しかも、地盤が緩いと液状化現象を引き起こし、地中から水が噴出したり、アスファルトの道路に亀裂が走ったりします。そのために道路が通行不能になり、地下に埋設されている水道、下水道、都市ガスの配管が不当沈下で配管が折れたり、下水道のマンホールが浮き上がったり、電柱が沈下や傾いたり、場合によっては共同溝などにも液状化した地下水の流入や不動沈下によって被害が想定され、ライフラインの被害により経済活動、生活への支障が大きくなることが想定されます。

横浜は関東大震災以降、都市化が進むなかで大規模な地震に遭遇することはなかったのですが、今後発生する確率の高い首都直下地震や南海トラフ巨大地震については実際何が起こるのか不安なことが多く、心配ですね。

 

石油コンビナートで火災が起こっても最小限に食い止められる

―――中区には海岸線に石油コンビナートが林立し、隣接する南区には木造家屋が多いため、火災が起こるリスクが高いようですが。

杉原 :石油コンビナート内で発生した火災が市街地に延焼する可能性は低いと思います。その理由として、2011(平成23)年の東日本大震災が起こるずっと以前から各地の石油コンビナートは「特別防災区域」に指定され、定期的な防災訓練が法律に基づいて課せられ、それを丹念に実施しています。石油タンクには火災が起きにくいよう工夫され、発生した場合にも消火設備や消防隊、あるいは大型石油タンク向けの大容量泡放水砲などを配備しており、火災が起きたとしても、区域内で鎮火させ、市街地や住宅地まで延焼はしないという対策が十分にとられています。

ただ、1995(平成7)年の阪神淡路大震災の時のように明け方の強い揺れで電気が停まったままで、夕方になって通電して、電気ストーブの上に落ちていた衣類や紙類に引火して火災が起き、多くの犠牲者が出た例もありますので、感震ブレーカーの設置や避難時にはブレーカーを落としておくことが必要です。また、古い家屋が倒壊しますと、着火しやすくなることが考えられ、そうなると消防車や救急車の運行を妨げることにもなります。木造家屋の場合には揺れている最中に火災が起きるケースもありますし、揺れが収まってからも発火する場合があるので、地域の人々が一致協力して火災を起こさせないという強い考えと取り組みが大事になってきます。

 

パニックに陥らないこと

――西区には横浜駅周辺に商業施設が増え、そこを利用する人の往来も多いが、災害時の対策は。

杉原 :大きい揺れの場合には落下物に気を付けなければなりません。また、古いビル内でガラス張りがあるような場所は、ガラスが破損して身体に降りかかってくることがありますし、ビルの外側に取り付けてある空調機などの室外機が落ちてくることもありますので、そうした場所は出来るだけ避けるべきです。自動販売機やコンクリート塀が倒壊する恐れがあるような場所にも足を運ばないことです。

また、地下の階にいる場合には、海や川からの「地震水害」により水が流れ込むことがあるので、まず地上に出ることを考え行動することが大事です。火災が起きた場合には二酸化炭素中毒になる恐れもあるので、地上に出る避難を急いでください。

さらに、怖いのは群衆心理によるパニックです。一ヵ所の出口に多くの人々が殺到すると逃げるに逃げられない状況になります。どこに行ったら良いかを冷静に判断し、臨機応変に行動することです。誰かひとりでも防災に精通している人がその場にいれば、リーダーシップをとって、人々を落ち着かせて、スムーズな避難が出来るのではと思います。とにかく、ひとりひとりが「自分の命は自分で守る」ことを常に胸に刻んで落ち着いて行動することです。

 

津波ハザードマップで確認を

――中区には大岡川と中村川ふたつの川が流れていて、東京湾からの逆流による「河川津波」が起こることも想定されます。東日本大震災の時には東京都と神奈川県の境を流れる多摩川や大岡川にも河川津波の兆候がありましたが、これの対策は。

杉原 :沿岸エリアでは海抜が低いので、海からの浸水がまず想定されます。沿岸から何㎞も離れたところでも浸水することもありますが、それは河川を津波が遡上してきて、堤防等が壊れている場合や堤防が遡上してくる津波高より低い場合に浸水するためです。これが河川津波です。

津波対策では、まず、お住まいの市町村で作成している津波ハザードマップなどを確認してください。横浜市の場合は、「津波からの避難に関するガイドライン」が作成されており、「避難対象区域図」が公開されておりますので参考にして欲しいです。なお、津波浸水の最大となる想定は市が決定している避難対象区域図とは違います。県が公表している「津波浸水想定図」となりますので、使い方によって参考とする図には気を付けてください。

とにかく、津波対策では避難です。沿岸にお住まいの方は海や川に近づかない、出来る限り高台に避難することが必要です。大津波警報が発令されるのは、3m以上の津波が予測される場合ですが、沿岸における3mは遡上して2倍、3倍の高さまで浸水する可能性があるので、海抜が4mだから大丈夫ということはありませんので、「津波てんでんこ」の精神で出来る限り素早く、高台や指定された津波の避難場所に移動してください。

 

常に防災に対する心構えを

――大規模地震に対して、私たちが日頃気を付けなければならないことは何か。

杉原 :まず、命を守るということを最重要事項とすることです。そのためには日常生活の中で最小限に危険を防ぐよう、家屋の耐震化と棚など家具から落下物を防ぐような措置を取らなければなりません。

また、家族間でルールを作り、お互いの連絡方法、水や食料など備蓄品の管理、貴重品の持ち出しなど役割分担を決めておくことも大事です。家族が一丸となって防災に対する心構えを持つことです。

さらに、余裕があれば隣近所の人々と連携し、自分たちが住む地域を実際に歩いてみることです。危険な場所はないかなど下調べをしておけば災害時のいざ避難という行動を取る時に必ず役立ちます。地域を歩きながら近くの山や丘のかたちを観察しておくことも大事です。大きな揺れから土砂崩れなど起こることもあり、それを事前に察知するきっかけになります。

そして、将来ある子供たちを守ることも地域の役割のひとつです。防災に関わるいろいろな作業を体験させ、防災教育を施すことです。日本はその地学的成り立ちから地震や火山災害から逃れられません。また、日本の位置から台風の進路であったり、梅雨前線の形成場所であったりして風水害からも逃れられないところです。さらに現在は、地球温暖化の影響により風水害が激甚化する傾向にあります。

最後になりますが、地震を含めて自然災害はいつ、どこで発生するかわかりませんので、自宅や職場、その通勤経路上や散歩している最中など、様々な場所あるいは時間帯に災害が発生した場合を想像してください。考えておけば、パニックになることを避けられます。頭が真っ白になってしまっては、身を守ることができなくなります。冷静に災害を正しく恐れて下さい。

 

――本日はお忙しいなか有り難うございました。

 

聞き手:NPO法人日本防災環境 理事長 清水健男 ・ 理事 山田一廣
取材:2022年7月29日
場所:NPO法人日本防災環境・会議室