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BOSAIみらいコラム | 6
地震 首都圏災害

コラム|首都直下大地震に備える

弁護士 北里敏明さん
21世紀防災危機管理研究所 所長 / 元消防庁次長・内閣府防災担当審議官 / NPO法人日本防災環境 顧問 弁護士 北里敏明さん

1948年熊本市生まれ
21世紀防災危機管理研究所 所長
北里綜合法律事務所 所長 / NPO法人日本防災環境 顧問
1972年 東京大学法学部卒業 司法試験合格
1978年 ハーバードロースクール入学
1981年 ハーバードロースクール卒業    
2001年 内閣府防災担当審議官
2002年 消防庁次長
2003年 総務省退官
2005年 横浜国立大学客員教授
2006年 北里敏明法律事務所開設
2014年 弁護士法人 北里綜合法律事務所設立

はじめに

平成251225日に発表された政府の内閣府中央防災会議の首都直下地震対策検討ワーキンググループの最終報告(以下「政府最終報告」といいます。)では、M7クラスが30年内に起きる確率は70%とされていました。その後日本では、平成28年4月の熊本地震や平成30年の北海胆振東部地震もありましたが、幸いにも2020年にコロナ禍の中で行われたオリンピックの年には首都直下の大地震は来ませんでした。平成2年に始まったコロナ・パンデミックが今だに猛威を振るっていますが、平成25年からは既に10年がたちましたので、首都直下地震の発生の確率は20年以内ということもできます。

なお、この政府の最終報告でも、M8クラスの大正の関東大地震タイプの相模トラフ沿いの大地震は、当面は発生する可能性が低いとされています。しかし、我々は、東日本大震災の経験からして、想定外のことが起こることに備えておかなければなりません。

 

東京都首都直下地震の被害想定

⑴ 東京都は、今年の5月25日に、10年ぶりに都心南部直下型地震の被害想定を発表しました。それは、政府最終報告が建物被害17万5000棟、死亡者1万6000人と予想しているのに比べ、東京都だけで19万4400棟の建物が全壊・焼失し、6100人が死亡するというものです。もちろん東京都も大正の関東大地震タイプの地震が起こることは予定していません。また、住宅の耐震化など防災・減災の取り組みが進んだ結果、平成24年4月の東京都の見込みと比べると、建物被害は4割程度減少したとされています。なお、江東区、江戸川区や荒川区などは 震度7が観測され区部の6割が震度6強の揺れに見舞われると予想していますので,被害はこのエリアに集中することが予想されます。

⑵ 一方、神奈川県は、平成25年度から平成26年度にかけて、神奈川県内で予想される各種地震について、被害想定調査を実施しました。その中で政府の想定する都心南部直下地震については、神奈川県の死者2990名、全半壊家屋22万1250棟、火災による焼失家屋3万7600戸、死者は合計で2992人、負傷者は合計2万7000名ほどと予想しています。また神奈川県独自の予想としての三浦半島断層群の地震では、死傷者2260人、全半壊家屋11万880棟、焼失家屋1万1980棟を予想しています。
なお、神奈川県としても、大正の関東大地震のようなM8にもなる地震の発生の確率は低いとされていますが、もしM8レベルの大地震が起きた場合の被害想定としては、死者数31550人、重傷者数1万1790人、全壊家屋39万3640棟、半壊41万160棟、火災による焼失家屋16万9780棟とされています。したがって、想定外のこのレベルの地震が起きた場合にどう備えるかも考えておくことは大切なことです。

⑶ これらに対し、政府最終報告の都心南部直下型地震の被害想定は、揺れによる全壊家屋倒壊約17万5000棟、最大約1万1000人の死者、市街地火災と延焼による建物消失戸 数約4万1200棟、焼死者約1万6000人と見込んでいます。すなわち、市街地火災の発生による死者及び焼失建物の数の方が多い見込みです。

 

防災対策について

したがって、首都直下大地震については、地震の揺れによる建物倒壊に備えるため、さらに建物等の耐震化を進めることは当然ですが、地震に伴い発生する火災に備えた防災対策を講じることも大切な対策ということとなってきます。

そこで

⑴ 地域の不燃化のため、密集市街地をはじめとする建物の不燃化率の向上、延焼遮断帯や公園緑地の整備等の公開空地の確保、狭隘道路の道路幅の拡張、防火水槽の整備などが今後も継続して必要です。

⑵ また、消防組織や消防団の資機材、災害による通信途絶や庁舎の損壊等に対応できる情報通信体制の整備など初動体制の整備強化が、総務省、 国土交通省、警察庁等で進められているところですが、これらをより一層推進する必要があります。

⑶ さらに、揺れによる出火の予防のため、般火器器具や化学薬品などからの出火を防ぐよう、初期消火器具の設置や感震ブレーカーの設置なども必要です。

⑷ そして何よりも、災害の拡大を防ぐことができるのは、市民や事業者自身による自主防災です。阪神大震災のときも東日本大震災のときも、市民や事業者の行動によって、多くの命を守ることができました。関東各地での自主防災力の向上、例えば、防災士資格のさらなる拡大などによる各自の防災知識の向上を進める必要があります。

⑸ 政府の被害想定では、平日の12時の地震の場合、関東エリア全域の鉄道・地下鉄等は少なくとも3日間は運行停止が見込まれています。郊外と大都市圏とを結ぶ路線は3日間のうちに復旧することを目指していますが、このために発生する避難困難者は、650万人と見込まれております。

このため緊急対応の求められる発災後3日間には、首都圏通勤者の一斉帰宅抑制が必要であると考えられています。そして、そういう対応を求める場合には、暫定的かつ安全な一時滞在施設の確保も必要となってきます。

しかし、他方、火災旋風等にまきこまれないためには、周辺における火災の発生の気配を見極めながら、できるだけ市街地から離れることをめざすということも必要となります。

現在内閣府では、「帰宅困難者等対策」の検討を行っています。その検討の中で、鉄道施設などの耐震化率が97%、駅舎の耐震化率が95%になるなど首都圏での耐震力の強化が進んでいることが明らかとなっています。

また、デジタル技術の進展でスマートフォンの保有世帯が87%以上となりSNS等を使った避難情報の提供、災害時の回線混雑による不通状態を防ぐ措置なども取られつつあります。

さらに、コロナのパンデミックで、リモート会議などが大幅に進展し、出勤を要しないという働き方も広がりつつあります。このような社会変革が進めば、平日出勤する者が減ることになり、それは、帰宅困難者を減らすことにつながることになります。こうした社会の変化が防災という点で有効に機能するというプラス面も出てきています。

⑹ いずれにせよ、来るべき首都直下地震においても、自助・共助・公助の連携が必要であり、それによりできるだけ多くの命を守ることをめざすのであれば、今後も日々、個人、企業そして行政の防災対策の強化及び防災知識の高度化や防災訓練の実施等を行っていくことは必須の条件ということになります。

  以上

原稿:2022年8月16日