博士(農学)岐阜大学 2004年3月
〈研究分野〉農学 ー 森林圏科学 ー 森林科学
〈現在の研究テーマ〉砂防工学
〈研究ワード〉崩壊、土石流、山岳、領域
はじめに
近年、土砂災害が多発しています。今夏だけでも静岡県熱海市、長野県岡谷市、さらには広島県三原市と、日本列島の各地で多数の犠牲者が出るなど大きな爪痕を残しています。こうした土砂災害は何故起こるのでしょうか。一説では、地球温暖化の影響によって降雨量が増加し、それが引き金となって土砂災害をもたらすと言われていますが、実のところはどうなのでしょうか。
そこで、砂防工学が専門で土砂災害のメカニズムに詳しい静岡大学農学部教授の今泉文寿先生に、私たちの生活と関連したお話をお伺いしました。
気候変動と土砂災害の関連は
― 近年、人命に関わるレベルの土砂災害が多数起きていますが、気候変動との関連はどのように考えられますか。
今泉先生(以下今泉) 一口に土砂災害と言ってもいろいろなものがあります。さほど大きくない河川に沿って起こる「土石流」、山や丘の斜面が崩れる「地すべり」、土の抵抗力が弱くなり突然崩れ落ちる「がけ崩れ」があります。土砂災害の多くは降雨が原因となっています。普段は落ち着いていて変化のない斜面や渓流であっても、気候変動によって豪雨の頻度が上昇すると雨水によって土砂が移動を開始し、土砂災害がおこります。また、噴火などの火山活動や大規模地震によっても土砂災害は発生しますので、こうした地域に建つ家屋は、豪雨の時同様に安全を確保しておく必要があります。
― 土砂災害が起こる前兆として異様な臭いが発生すると言われますが、具体的にはどのような感じでしょうか。
今泉: 私も実際に経験したことではありませんが、強い土の臭いとか、樹々がなぎ倒され、こすれ合うこれもかなり強烈な樹木の臭いのようです。こうした異様な臭いを察知した時には、土砂災害が起こるものとして速やかにその場所から離れ、避難することが大事です。
― 世界と比較した日本の土砂災害の特徴について教えて下さい。
今泉: ヨーロッパは永久凍土があり、これが気候変動による地球の温暖化で徐々に溶けて土砂災害を起こす原因になっています。一方、日本では降雨によるものがほとんどです。1時間に20ミリから30ミリほどの降雨だったものが、1時間に100ミリもの雨が降る豪雨となると、土砂災害が発生する確率が高くなります。
しかも、日本は国土が狭いため、平地だけではなく斜面の多い丘陵地にも家屋を建てなければならないというリスクを抱えています。土砂災害が起こり易い場所での生活を余儀なくされているとも言えます。
そして、日本は国土全体が脆弱な地層であるということも土砂災害を起こす原因になっています。火山から噴出した火山灰などがそのまま地面に堆積しているだけなので、降雨により地盤がゆるみ土砂災害が起こり易いのです。静岡県と山梨県にまたがる富士山周辺や九州地方がその例です。また、広島県の丘陵地帯は花崗岩の地層が多く風化し易いため、これも土砂災害が起こり易い原因となっています。また、こうした地域での樹木の伐採が軟弱な土壌を造り、土砂災害の発生に更なる拍車をかけています。
― 土砂災害のメカニズム、ハザードを増大させる条件や要因について教えて下さい。
今泉: 先ほどもお話しさせていただきましたように、土砂災害は大きく分けて降雨によるものと地震によるものとの二つがあります。なかでも土石流はそれほど大きくはない河川に沿って引き起こされます。丘陵地など斜面に流れる河川は、傾斜が高いほど土砂や瓦礫を巻き込み、勢いを付けて流れ出ます。例えば、都市部を流れる河川の勾配は1度あるかないかで、山中の河川でも5度を越えるものは少ないのですが、土石流が発生する目安としては5度以上と考え、20度を越えるとかなり確率は高くなるということを認識しておく必要があります。
そのため、自分たちの生命や生活を守るために、住んでいる地域のハザード・マップをたえず確認し近くを流れる河川がどんな状況で、降雨の時にはどれ位の流水量になるのかも想定し、どこに避難したら良いのかも事前に調べておくことも大事です。
これからの土砂災害の取り組みと研究
― 今後も見込まれる気候変動や土砂災害と私たちの社会は、どう向き合っていけば良いのでしょうか。
今泉: 気候変動による土砂災害のリスクが高まる危険性は十分にあります。それを防ぐための手だてとして一つの対策では無理なことで、総合的な判断と準備が必要となってきます。例えば、砂防工学を応用した砂防堰堤(さぼうえんてい)の整備や森林が持っている防災の機能をどう活用していけば良いのか、そうした複合的な取り組み方をしていく必要があります。
― 砂防堰堤はどのような効果をあげられますか。
今泉: 河川が階段状なって流れを緩くすることにより、土石流の勢いを弱くする効果はありますし、河川の上流が広ければ、土砂や流木を捕捉し、下流地区への被害を未然に防ぐことも出来ます。ただこの砂防堰堤は、どの河川にも使えるというものではありません。川幅の長さや流域の地形などから判断して設置していく必要があります。
― 今泉先生ご自身の研究動向と、それによりもたらされる期待についてお話し下さい。
今泉: 土砂災害を正確に予測するという研究は、大変難しいことです。まず、降雨の予測が正確に出来ない。また、土砂災害が発生する山の中がどんな状況か、実際に歩いてみても必要な情報はなかなか得られません。そこで、山の中にドローンを飛ばして調査をしたり、レーザー・スキャナーと呼ばれる計測機器を設置して、土砂がどう動いているのか、降雨によってどんな影響が出るのかなど山の中の変化をたえず監視しています。2週間から3週間に1回ほどの割合で私自身が設置現場に足を運ぶこともありますが、学生たちにも監視活動をしてもらっています。
そうした活動から蓄積したデータをもとに土砂災害のメカニズムを把握して、発生する時期を予測したり、不安定な土砂の存在が分かれば、土砂災害の発生を察知したり出来ます。
しかし、実際の成果を得るまでにはかなりの時間がかかります。根気強く続けていくしかありません。
― 本日はお忙しいなか有り難うございました。
聞き手:NPO法人日本防災環境 理事 山田一廣
取材日:2021年8月26日
場所:静岡大学農学部総合棟 今泉先生・研究室にて