防災コラム

2017年6月2日

糸魚川市大規模火災から半年

新潟県糸魚川市の大規模火災が発生してから半年になる。JR糸魚川駅は北口と南口からなり、それぞれ日本海口とアルプス口と呼ばれている。糸魚川市が呼称する「糸魚川市駅北大火」は、昨年12月22日午前10時20分頃、中華料理店の大型コンロの消し忘れが原因で折柄の強風による飛び火・延焼により、消防車両126台、消火活動に1005人を投入したにも拘わらず、鎮火までに約30時間を要した。

全焼120棟、半焼5棟、部分焼22棟の合計147棟が焼損し、焼失面積は約4万平方キロメートルと東京ドームほぼ1個分の広さである。死者はなく、負傷者17人でそのほとんどが軽症だったことがせめてもの救いであった。

筆者は今年3月中旬、被災地を訪れた。焼け落ちたがれきの撤去はほぼ終わり、コンクリート造りの土台がむき出しになったまま無残な姿をさらしていた。何台かの重機ががれきをトラックに積み込み、少しずつ更地にしていく場所もあった。焼け残った建物の間からは、澄み渡った早春の青空に冠雪した北アルプスの山々が映え、地上の姿とは対照的な光景を見せていたことが今も忘れられない。

フェーン現象による強風は、火勢が日本海にまで到達し、また、風向きによって被害の明暗をはっきりと分けた。出火場所となった中華料理店と南側に隣接する建物との間は幅僅か1メートルほどの通路で隔たれているだけだが、強風が南から吹いてきたため、飛び火することなく火災の痕跡はほとんど見られない。その一方で、出火場所から一番遠く国道3号線を挟んで日本海に臨む料理屋の建物は、石造物を残し全焼してしまった。

被災した人々の多くは、糸魚川市が借り上げた民間企業の社宅やアパート、公営住宅などで避難生活をし、自宅や店舗の再建に思いを巡らせているが、その実現までの道のりは遠い。糸魚川市が「糸魚川市駅北復興まちづくり計画」を作成したが、計画の目標年次を平成29年から33年度の5カ年とし、「復興計画期」「復興整備期」「復興展開期」の3期に分けて行うという方針で、街全体の復興計画はまだ具体的に示されていないからだ。

しかし、この大規模火災を踏まえて総務省消防庁の有識者会議は、火災の危険性が高い地域ごとに消火計画を策定し、また、近隣の消防本部が出火場所の消防本部からの要請を待たずに出動出来る仕組み作りも提言している。さらに、全飲食店への消火器の設置義務化も求めている。

なにはともあれ、火災を起こさないことが一番肝心なことであり、まずはそのための具体的な施策を講じ、啓発をしなければならないだろう。

(事務局長 山田一廣)